NHK受信料値上げ見送り❓ いや、値段が上がっているのは制度摩擦なのだ❗

引用元:スポニチアネックス取材班

おはこんばんにちは!力学観測研究所のRYOです!

NHKの井上樹彦会長が、受信料の値上げについて「現時点では検討していない」と述べました。

古賀信行経営委員長が、個人的な見解として「本当は受信料を値上げすべきだと思っている」と発言したことを受けての回答です。

NHKは2023年10月に受信料を1割値下げしました。現在の経営計画も、その水準を維持することを前提としています。

これだけを見れば、

「とりあえず、すぐに値上げされるわけではないのだな」

で終わる話かもしれません。

ですが、今回本当に観測したいのは金額そのものではありません。

受信料が上がるかどうかより先に、

NHKを支えてきた制度と、令和の情報社会との摩擦がどれほど大きくなっているか、そこを見ておきたいのです。

NHKの番組が面白いか/報道姿勢が正しいか/職員の給与が高いか

今回は、そこを主題にしない。

※他人の給料なんて気にしたらだめだよ!

もっと根元にある、

かつて合理的だった制度が、時代の変化によって説明しにくくなっていく過程

を観測してみたい。

受信料の値段は上がっていない。

しかし、制度摩擦は確実に上がっているのだ!


放送法64条は、最初から悪い制度だったのか

現在の放送法64条は、NHKの放送を受信できる設備を設置した者に対して、受信契約の締結を求めています。

ラジオ放送だけを受信できる設備などは除外されますが、基本構造はシンプルです。

受信できる設備を持つ→NHKと契約する

現在の感覚で眺めれば、

「見ていないのに、なぜ払うのか」という反発が出るのは当然でしょう。

ただし、放送法が制定された1950年当時から不合理だったと決めつけるのも違います。

全国へ放送網を広げるには、莫大な設備投資が必要でした。

災害情報/政治/教育/文化を、全国へ同時に届ける手段も限られていた。

政府予算や企業広告だけに依存すれば、政治やスポンサーの影響を受けやすくなるという問題もあります。

そこで、受信者が広く費用を負担する。

NHKは、その資金で全国放送網を維持する。

当時としては、一本の筋が通っていたのです。

制度が悪かったわけではない。

制度が作られた時代と、今の時代が違いすぎるのだ!


社会は網状になった/制度は一本線のまま残った

令和の今、災害情報を伝えるのはNHKだけではありません。

民放/ラジオ/ABEMAなどのネット放送/自治体サイト/官公庁の配信/ニュースアプリ/SNS

複数の経路が同時に動きます。

最近の熊本地震でも、ABEMAは関連情報や政府発表を継続的に配信しました。通常のニュースチャンネルに加えて、緊急時には記者会見などを長時間流す体制もある。

衆議院と参議院も、審議映像を直接インターネットで配信しています。

国会中継は、NHKを経由しなければ見られない情報ではなくなりました。

もちろん、NHKには今も強みがあります。

全国の放送局網/地上波/衛星/ラジオ/取材体制/字幕/手話/地域情報

インターネット回線が混雑した場合にも、地上波やラジオが情報経路として残る。その冗長性は重要です。

だから、

「ABEMAがあるからNHKはいらない」

という単純な話ではない。問題はそこではありません。

公共情報を届ける経路が多元化した後も、公共性そのものがNHK一社に帰属するかのような制度説明を続けられるのか

という話です。

昭和は一本線だった→令和は網状になった。

それでも負担制度の根元には、

受信設備→受信契約

という一本線が残っています。

ここに摩擦が生まれる。


公共性は必要だ/しかしNHKだけの専売特許ではない

災害報道/気象情報/国会中継/政見放送/選挙速報

これらには高い公共性があります。

今後も、国民へ確実に届ける必要があるでしょう。

しかし、

公共性の高い情報が必要であること

と、

それをNHKという巨大組織が一括して担わなければならないこと

は同義ではありません。

国会審議なら、国会が一次映像を直接公開できます。

気象情報なら気象庁/避難情報なら自治体が、原情報を公開できる。

政見放送についても、選挙管理委員会が公平な条件を定めたうえで、NHK/民放/ネット放送へ配信枠を発注する方法が考えられます。

災害時には、一定の要件を満たした複数の事業者へ、同じ一次情報を同時配信する。

一社へ集中させるより、経路を多重化した方が災害には強い。

入札で最安値の一社へ丸投げする必要もありません。

到達範囲/通信障害への耐性/字幕/手話/多言語/地域別情報/アーカイブ保存

こうした条件を満たす複数社と契約すればよい。

ただし、ここには一つ注意点があります。

国家自身がニュースの編集や評価まで行う「国営ニュース」にしてはいけない。

国家が出すべきなのは一次情報です。

それを検証/批判/解説するのは、独立した報道機関でなければならない。

一次情報の公開と、ジャーナリズムは分ける必要があります。

※ただし、一次情報は国会や行政側も自ら出せる!

公共性とは組織名ではない。

正確性/公平性/到達性/継続性という機能なのだ!


朝ドラや大河を見るなら、受信料は払うべき

ここで、NHK批判側にも一つ言いたい。

朝ドラや大河ドラマを毎週見ている。

紅白歌合戦やスポーツ中継も楽しむ。

出演者や物語をSNSで話題にする。

それなのに、

「NHKには一円も払いたくない」

というのも筋が通らない。見ているなら払おうよ。

コンテンツの制作には、当然お金💴がかかります。

利用した人が対価を負担することまで否定すれば、民間の動画配信サービスも映画館も新聞も成立しない。

ただし、見た人が払うべきだという話と、

受信できる設備を持つ人全体へ包括契約を求める話

は別です。

ここを混ぜてはいけない。

利用者の負担責任を認めても、放送法64条を中心とした現在の制度が、自動的に正当化されるわけではありません。

むしろスクランブル化/一部契約制を含め、

見た人が払う仕組み

を検討する方が自然ではないか。

そう思うよね!


災害報道と大河ドラマは、同じ料金箱でなければならないのか

現在の受信料制度は、

災害報道/教育/地域情報/国会中継/ドラマ/音楽/スポーツ/バラエティー、これらを、大きな一つの🎬に入れています。

そのため、災害報道の必要性を語ると、娯楽番組まで含むNHK全体の受信料制度が正当化される。

逆に娯楽番組への批判が強まると、災害報道や地域放送まで不要であるかのような議論になる。

本当は、分けて考えられるはずです。

公共報道/防災/教育などを基礎サービスとして残す。

ドラマ/音楽/スポーツなどは、契約型やスクランブル放送も検討する。

公共部門と娯楽部門の会計を分ける。

制度の選択肢はいくつもあります。

ところが現在は、

「全部まとめてNHK」という制度が先に存在しています。

そして、その制度を維持するために説明が組み立てられているように見える。

公共性があるから全部必要なのか。

全部を維持したいから、公共性を前面に出しているのか。

この順序は、一度整理した方がよい。


非営利のNHK/市場で動く株式会社群

NHK本体は、放送法に基づく特殊法人です。

法律上も、NHKは業務を行う際に営利を目的としてはならないと定められています。

その一方で、放送法はNHKが認可を受け、子会社へ出資する仕組みも認めています。

現在のNHKグループには、

番組制作/映像販売/権利ビジネス/イベント/展覧会/商品化/海外販売

こうした事業を担う株式会社があります。

例えばNHKエンタープライズは、番組制作だけでなく、映像・音声コンテンツの販売/著作権の管理と販売/国際市場でのコンテンツ取引などを事業として掲げています。

NHKプロモーションも、展覧会/コンサート/イベント/ライセンス事業などを行っています。

これらの事業が違法だという話ではありません。

株式会社に分ける合理性もある。

専門性/機動性/外部取引/事業別採算/リスク分離

企業経営としては理解できます。

しかし、国民側から見ると奇妙な非対称が生まれる。

受信料を求める時は「一つの公共放送」

事業を展開する時は「複数の株式会社」

受信料は一体/経営は分散

ここが、制度摩擦の大きな発生源です。


子会社というShadow

力学観測研究所では、

物事の表に現れにくい裏面/制度が抱えきれない機能/合理化によって別の場所へ移された矛盾を、

Shadow

として観測したい。

NHKの子会社群は、複数の意味でShadowになっている。

NHK本体が表で掲げるのは、

公共性/非営利/全国民のための放送。

一方で子会社群が引き受けるのは、

商業性/収益性/商品化/販売/イベント/市場競争

営利性が消えたのではない。

本体の外側へ配置されている。

利益を得る場面では、NHKブランド/番組資産/グループの信用を活用できる。

しかし責任や会計を問われた時には、

「別法人です」

と境界を引くことも可能になる。

利益の時はグループ。説明責任の時は別法人。

そう見えてしまえば、国民の不信感は強くなるでしょう。

子会社が悪なのではない。問題は、

子会社を含めたNHKグループ全体が、受信料制度との関係を一つの姿として説明できているかである。


必要な仕事なら、NHK本体へ組み込めばよい

ここで、一つの考え方が出てきます。

NHKの公共放送を維持するために絶対必要な仕事なら、総務大臣や国会の監督を受けるNHK本体の業務として組み込めばよいのではないか。

本体の中で行う。

受信料会計の中で費用を示す。その必要性を国民へ説明する。

その方が構造は明快です。

逆に、株式会社でなければできない商業事業なら、受信料会計との境界を明確にする。

NHKブランドや番組資産を使用するなら、適正な対価を設定する。

利益が出た時の還元方法も示す。

赤字になった時だけ、受信料で支えることがないようにする。

公共部門なら本体へ。

商業部門なら市場へ。

どちらにも分類できない中間領域が増えるほど、Shadowは濃くなります。

国民には放送法64条で、包括的な負担を求める。

それならNHK側にも、グループ全体を包括的に説明する責任があるはずです。


放送法64条というParadigm Ghost

Paradigm Ghostとは、

過去の時代には合理的だった前提が制度へ固定され、社会が変化した後も現在の選択を拘束し続ける状態です。

NHK受信料制度を支えた前提は分かりやすい。

テレビ/ラジオは国民共通の情報インフラ。

公共情報を全国へ届けられる主体は限られている。

受信設備を持つ人は、公共放送の受益者になる。

だから、受信者全体でNHKを支える。

しかし現在は、情報端末も多様化しました。

公共情報の発信者も増えた。

国会や行政機関も、一次情報を直接配信できる。

民間放送も、災害時には公共的役割を果たす。

コンテンツは、見たいものを選び/契約して見る時代になりました。

社会の前提は変わった。

それでも制度の根元には、

受信設備を持つ→NHK全体を支える

という古い一本線が残っています。

これがParadigm Ghostです。そして、その制度が抱えきれない商業性/機動性/収益性を、子会社群がShadowとして処理する。

Paradigm GhostShadowは、別々に存在しているのではない。

一本の線でつながっているのだ!

制度疲弊とは、制度が突然壊れることではない。

制度を説明するために例外/補助線/別法人が増え、全体像が見えにくくなる状態でもあります。


NHKを守る前に、何を公共機能として守るのか

NHKを廃止すれば、すべて解決するとは思いません。

全国の取材網/地域放送/ラジオ/災害時の地上波/教育/文化記録

失えば、簡単には取り戻せない機能も多い。

一方で、現在の組織と受信料制度を丸ごと維持することだけが、公共性を守る方法でもありません。

議論の順番を変える必要があります。

まず、守るべき公共機能を定義する。

災害/気象/選挙/国会/地域/教育/文化保存

次に、最適な提供主体を選ぶ。

NHK/民放/ネット放送/官公庁/自治体/複数事業者への委託

その上で、費用負担を決める。

受信料/税/公費委託/契約料/複合方式

今は、順番が逆になっているように見えます。

先にNHKという巨大組織がある。

その組織全体を維持するために、公共性が説明されている。

本来は、公共性から制度を設計するべきであり、既存組織から公共性を逆算するべきではない。


上がっているのは受信料ではない

NHK会長は、現時点では受信料の値上げを検討していないと述べました。

当面は、金額が動かないのかもしれません。

ですが、

公共性の多元化/ネット配信の普及/娯楽番組との一括負担/スクランブル化問題/営利子会社群/放送法64条

これらの間に生じる摩擦は、むしろ着実に大きくなっています。

だから今回のニュースも、

「値上げするのか/しないのか」という話だけで終わらせるのは惜しいのです。

問うべきは金額ではない。

何を公共として残すのか。誰が届けるのか。誰が、どこまで負担するのか。

子会社群は何のために存在し、利益と責任はどこへ帰属するのか。

放送法64条は、現在のNHKグループ全体を支える根拠として、今も十分なのか。

そこまで踏み込んで初めて、この問題の全体像が見えてくるはずです。

受信料の値上げは、ひとまず見送られた。だが、

上がっているのは値段ではない。制度と現実の摩擦なのだ

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