おはこんばんにちは。力学観測研究所のRYOです。
前回は、
「EV普及率という数字は、何を分母にしているのか?」
という話をしました。
クルマだけを数えるのか。
それとも、
鉄道を含めた人間の移動全体を見るのか。
分母を変えれば、同じ日本でもまったく違う景色が見えてきます。
今回は、さらに別の角度からEVを見てみます。
それは、
経済
です。
EVの話になると、
環境に良い/排気ガスを出さない/充電時間が長い/航続距離が短い
そんな性能や環境負荷の議論が中心になります。
もちろん、それも大切です。
でも……
EV化とは、単にエンジンをモーターへ交換する話ではありません。
市場/株価/物流/企業戦略/雇用/消費
そして、
お金の流れ。
これらすべてを組み替える、
巨大な産業構造の変化なのです。
今日は、その力学を観測してみます。
日本の自動車産業は、ちょっと大きすぎる
まず、日本における自動車産業の大きさを確認します。
経済産業省の資料によると、日本の自動車関連産業は、
- 出荷額:約72兆円
- 雇用:約559万人
- 設備投資:約1.6兆円
- 研究開発費:約4.3兆円
という規模です。
自動車は日本の主要商品別輸出額の約21%を占め、製造業の出荷額、設備投資、研究開発費でも極めて大きな存在です。
……。
559万人。
自動車メーカーの社員だけではありません。
部品メーカー/素材メーカー/金型/工作機械/半導体/販売店/整備工場/ガソリンスタンド/運送会社/保険会社/広告/中古車市場
ありとあらゆる産業が、自動車を中心につながっています。
自動車工業会も、自動車関連産業の就業人口を約558万人と推計しています。
つまり、
日本にとってEV化とは、
約559万人が関係する巨大産業の内部構造を、走りながら組み替える作業
なのです。これは、
「来年から全部EVにしましょう!」
で済む話ではありません。
エンジンが消えると、仕事も消える?
内燃機関のクルマには、
エンジン/吸排気系/燃料噴射装置/トランスミッション/マフラー/エンジンオイル/点火プラグ
さまざまな部品が必要です(何万点あんねん!レベル)。
一方、BEVは基本的に、
バッテリー/モーター/インバーター/パワー半導体/制御ソフト
といった別の部品構成になります。
もちろん、EVになってもタイヤやサスペンション、ブレーキ、車体、内装などは必要です。
しかし、
これまでエンジン車のために作られていた部品の一部は、確実に需要が減ります。
同時に、
モーター/蓄電池/電池材料/パワー半導体/ソフトウェア/充電設備/電力制御
こちら側には新しい需要が生まれます。
経済産業省も、今後の自動車産業では、従来のパワートレイン部品からモーター、パワー半導体、制御、モビリティサービスなどへ付加価値が移動すると整理しています。
つまりEV化とは、
仕事が全部なくなる話ではありません。
正確には、
仕事の場所が移動する。
という話です。
ただし……工場も技術者も設備も、
今日から急に移動できるわけではありません。
ここが難しい。
市場は「正しい技術」ではなく、「売れる商品」を選ぶ
EVの議論では、
「EVの方が技術的に優れている」
「いや、ハイブリッドの方が現実的だ」
という論争になりがちです。
でも市場は、
技術的に正しい商品を自動的に選んでくれる場所ではありません。
価格/補助金/充電環境/電気料金/ガソリン価格/住宅事情/中古車価格/ブランド/納期
そして、
消費者が抱く不安。
これらが全部混ざって、販売台数が決まります。
2023年の日本では、EV販売が約5.6万台、PHEVが約4.3万台だったのに対し、HEVは約203万台でした。
日本の消費者は「電動化」を拒否しているのではありません。
むしろ、
ここを無視して、
日本人はEVを買わない。
だから遅れている。
と結論づけるのは少し雑です。
日本市場では、
充電を意識せず使える電動車が、消費者の需要に合った。
まず、そう考えるべきでしょう。
補助金は、価格を下げるだけではない
EV購入補助金を見ると、
「高いEVを安く買える制度」
と考えがちです。
もちろん、それも間違いではありません。
しかし、補助金にはもう一つの役割があります。
それは、
政府がお金の流れを変えること。
です。
政府がEVに補助金を出す。
すると消費者がEVを選びやすくなる。
販売台数が増える→メーカーは生産設備へ投資する→電池メーカーの受注が増える→充電設備が増える→電力会社や商業施設も、新たな設備投資を行う。
一台の購入補助金がその一台だけで終わるわけではありません。
政府は2035年までに新車販売を電動車100%とする方針を掲げていますが、日本の「電動車」にはEVだけでなく、PHEV、HEV、FCVも含まれています。
つまり日本政府も、
いきなり全部をBEVへ一本化するのではなく、複数の技術へ資金を流す戦略
を取っています。
これは優柔不断なのでしょうか。
私はむしろ、
559万人が関係する産業を壊さずに移行するための、
現実的なトランジション戦略
だと思います。
株価は「現在」よりも「未来の期待」で動く
企業の株価は、
今何台売ったかだけで決まりません。
これから、
どれだけ成長するのか/どれだけ利益を出せるのか/競争に勝てるのか。
その期待によって大きく動きます。
EV市場が急成長すると見られれば、
電池メーカー/半導体メーカー/モーター関連企業/充電設備企業/ソフトウェア企業
そうした企業へ資金が集まりやすくなります。
反対に、エンジン車への依存度が高いと見られた企業は、
実際の利益が出ていても、
「将来は大丈夫なのか?」
という疑いを持たれます。
ここが株式市場の面白く、そして少し怖いところです。
株価は、工場の現在地ではなく、投資家が想像する未来へ先に走っていく。
しかし……
未来予測は外れます。
EVが予想より売れない。補助金が縮小される。電池価格が下がらない。充電設備が増えない。原材料価格が上がる。
その瞬間、
今度は期待が逆回転します。
だから、
株価の上昇=その技術が社会的に正しい
とは限りません。
株価は、
あくまでその時点の期待と資金の流れを映した数字です。
EVの主役は、実は自動車メーカーだけではない※ここ重要
EVになると、自動車メーカーの競争相手も変わります。
これまでは、
エンジン/トランスミッション/車体設計/生産技術/販売網
こうした総合力が強さの中心でした。
しかしEVでは、
蓄電池/パワー半導体/ソフトウェア/データ/通信/電力制御
これらの比重が高まります。
経済産業省は、2030年までに国内の蓄電池製造能力を大きく増やし、電池と重要鉱物の供給網を強化する方針を進めています。
その背景には、日本も電池セルや関連部材、鉱物資源の一部を特定国に依存しているという問題があります。
つまり、
自動車メーカーが良いクルマを作るだけでは足りません。
リチウム/ニッケル/コバルト/黒鉛/電池セル/半導体/船舶/港湾/電力
すべてがつながっています。
EVはクルマですが、
経済の構造として見ると、
巨大な動く電子機器であり、巨大な蓄電池であり、資源の塊
でもあります。
物流までEVにすれば、すべて解決?
乗用車のEV化と、
トラックのEV化は同じではありません。
トラックは、
長い距離を走ります。
重い荷物を積みます。
稼働時間そのものが売上になります。
充電時間が長ければ、その時間は荷物を運べません。
さらに大きなバッテリーを積めば、
その分だけ車両重量が増え、
積める荷物が減る可能性もあります。
日本の国内貨物輸送では、トラックが大きな割合を担っています。国土交通省の資料でも、トンキロベースで自動車が国内貨物輸送の過半を占める構造が示されています。
しかも物流業界では、ドライバー不足と労働時間規制による輸送能力不足が課題になっています。
国土交通省は最新の再検証で、2030年度に平均約7%、最大約25%の輸送力不足が生じる可能性を示しています。
ここで、
環境のためにトラックを全部EVへ!
とだけ言って、
輸送能力/積載量/充電時間/車両価格/運転手の収入/荷主が支払う運賃
これらを無視したらどうなるでしょう。
運送会社が苦しくなる→運賃が上がる→商品価格が上がる→配送頻度が下がる。
そして最後に負担するのは→消費者です。
環境政策と物流政策は、別々に考えてはいけません。
消費者は「環境性能」だけでクルマを買わない
消費者がクルマを選ぶ理由は、
一つではありません。
価格/燃費/デザイン/サイズ/使い勝手/故障への不安/下取り価格/充電場所/家族構成/趣味/運転の楽しさ。
人によって全部違います。
環境に良いからといって、
300万円のクルマを買う人に、
500万円のクルマを買えとは言えません。
補助金で価格差を埋めることはできます。
しかしそのお金は、
空から降ってくるわけではありません。
税金です。
つまり、
EVを買わない人も含めて負担します。
だから補助金には、
環境改善によって社会全体が得る利益
と、
一部の購入者へ渡る利益
の釣り合いが必要です。
補助金を否定するつもりはありません。
ただ、
補助金がなければ売れない商品を、
本当に市場が選んだ商品と呼べるのか。
この問いは残ります。
EV化で「お金」はどこへ移動するのか?
ガソリン車を使えば、
ガソリンスタンドへお金が流れます。
石油元売り/輸送会社/整備工場/オイルメーカー/部品メーカー
そこから雇用と税収が生まれます。
EVを使えば、
電力会社/充電サービス会社/電池メーカー/半導体メーカー/ソフトウェア企業/設備工事会社
こちらへお金が移ります。
つまり、
EV化とは単に、
ガソリン代が電気代へ変わる話ではありません。
産業間で、お金の川の流れが変わる。
という話です。
そして、お金の流れが変われば、
企業の利益も雇用も税収も地域経済も変わります。
ガソリンスタンドが減る地域。電池工場ができる地域。充電拠点になる商業施設。電力需要が増える時間帯。
すべてに勝つ人と負ける人が生まれます。
経済の力学は、善悪では割り切れない
EVは善。✨
エンジン車は悪。😈
そんな単純な話なら楽です。
でも現実には、
EV化によって新しい産業と雇用が生まれる一方、
従来の部品産業や整備業には大きな変化が起こります。
消費者は燃料費を抑えられるかもしれません。
一方で、車両価格や充電設備への負担が増えることもあります。
電池産業へ投資すれば、新しい市場を獲得できるかもしれません。
一方で、海外の鉱物や電池供給網への依存が増える可能性もあります。
だから必要なのは、
EVを増やすこと自体を目的にしないこと。
ではないでしょうか。
目的は、
CO₂を減らすこと。
都市の空気をきれいにすること/移動を便利にすること/産業と雇用を維持すること/物流を止めないこと/消費者の負担を抑えること。
EVは、そのための有力な手段です。※SDGs(Sustainable Development Goals)ぽいね!
でも、
手段を目的にした瞬間、経済のどこかに無理が出る。
私はそう思っています。
今回の力学観測
日本が一気にBEVへ一本化できないのは、
技術が遅れているからだけではありません。
日本の自動車産業が、
大きすぎる。
深くつながりすぎている。
そして、
雇用/輸出/物流/消費/地域経済
そこに流れるお金が大きすぎる。
だからこそ、
日本はハイブリッド/PHEV/BEV/燃料電池/鉄道
さまざまな手段を同時に残しながら、少しずつ構造を変えようとしています。
これは遅さなのか。
それとも、
巨大な産業を壊さずに動かす慎重さなのか。
少なくとも私は、
EV販売比率という一つの数字だけでは判断できない。
と思っています。
次回予告
次回は、
「日本がEV一辺倒にならなかった理由」
について、
日本の地理/住宅事情/都市構造/電力事情。
そして、ハイブリッドという選択。
もう少し生活に近いところから考えてみたいと思います。
(次回へ続く)
※この記事は、私独自の視点による考察です。
異論・反論は絶賛募集中です!
ご自身のブログなどでご意見をまとめていただき、その記事へのリンクをコメント欄に貼り付けてください。
今回参考にした主な資料
- 経済産業省「自動車分野におけるトランジション・ファイナンス技術ロードマップ」
- 日本自動車工業会「日本の自動車工業2024」
- 経済産業省「自動車をとりまく国内外の情勢と自動車政策の方向性」
- 国土交通省「2030年度に想定される輸送力不足への対応方針」
- 資源エネルギー庁「クリーンエネルギー自動車の購入補助制度」


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