カテゴリー: プチ研究所

  • 私立高校無償化🏫~「約38,000円❗」公費が【価格アンカー⚓】を与えた結果

    私立高校無償化🏫~「約38,000円❗」公費が【価格アンカー⚓】を与えた結果

    高校無償化、38,000円の流体力学

    高校無償化で、私立高校を選ぶ家庭が増えている。

    兵庫県でも県立高校の定員割れが相次ぎ、県内屈指の進学校・長田高校ですら、2026年度の一般選抜で志願者数が募集定員を下回った。

    おはこんばんにちは❗力学観測研究所のRYOです❗

    読売新聞の記事に登場した保護者の一言が、この現象をほぼ説明している。

    「学費が高い私立はあくまで『滑り止め』と考えていたが、無償化で選択肢が広がった」

    つまり、私立の教育が突然魅力的になったわけではない。

    高かったから選ばなかった。

    その抵抗が消えたのである。

    そして2026年度から、私立高校の就学支援金の上限は全日制で月額38,100円、年額457,200円となった。

    読売新聞オンライン:高校無償化で『私立が第1志望』増、県立は相次ぎ定員割れ…苦境に立つ公立はどう立ち向かう?」

    この38,100円は、単なる「支援上限」なのだろうか。

    保護者から見れば、その範囲内なら授業料の価格差を意識しにくい。

    学校側から見れば、38,100円という明確な基準が市場に現れる。

    そして公立高校には、生徒が流れなくなる。

    高校無償化という流体に、

    「月額38,100円」

    という価格アンカー⚓が刺さった。

    無償化によって値札が消えたのではない。

    国が、新しい値札の基準を置いたのである。

    阪神間の公立の雄
    神戸・長田・市西宮など・・・
    神戸、市西宮「なに?あの長田でさえ倍率1倍を下回っただと❓」
    長田「阪神間は激戦区になる。人口減少やのに・・・」

  • 【JNCAP未実施❓️】「最高評価を目指した」は、いつ「安全性が高い」に変わったのか❓【忖度疑惑⁈】

    【JNCAP未実施❓️】「最高評価を目指した」は、いつ「安全性が高い」に変わったのか❓【忖度疑惑⁈】

    BYDはすでに海外で結果を残している

    BYDは、衝突安全性能について実績のない自動車メーカーではない。たとえばBYD DOLPHINは2023年のEuro NCAPで最高評価の5つ星を獲得している。2025年には、より小型のDOLPHIN SURFも5つ星を獲得。前面衝突、側面衝突など、実際に車体を壊し、ダミーに加わる傷害値を測定した第三者試験を経て評価された結果だ。

    つまりBYDは「安全に作っています」と主張しているだけのメーカーではない。実際にぶつけた。測った。そして結果を残した。

    おはこんばんにちは❗️力学観測のRYOです❗️今回はADASなどの「ぶつからないための安全」ではなく、ぶつかったときに人を守るパッシブセーフティ、つまり衝突安全性能について考える。

    では、日本専用の軽自動車RACCOは❓️

    2026年、日本の軽自動車市場にBYD RACCO(ラッコ)が参入した。ここで重要なのは、RACCOが海外で販売している既存車を日本の軽自動車サイズに縮めただけのクルマではないことだ。

    BYDはRACCOについて、日本の軽自動車規格に合わせ、シャシ、ボディ、駆動・制御システムなどを新たに設計したとしている。高強度鋼を70%以上使用したボディ、超高張力鋼を使った骨格、6エアバッグ、ブレードバッテリーを車体構造の一部として利用するCTB、電装部品を集約して衝撃吸収空間を確保するX-PACKなど、パッシブセーフティを意識した技術も数多く投入したという。

    そして開発目標のひとつとして、JNCAPで最高レベルの評価を獲得できる軽EVを目指したとしている。

    なるほど。ではRACCOは、JNCAPで何点だったのか❓️

    まだ分からない。

    現時点でRACCOのJNCAP衝突安全性能評価は未実施だからだ。

    「最高評価を目指した」と「最高評価を獲得した」は違う

    ここには大きな違いがある。

    「JNCAPで最高評価を取れるクルマを目標に開発した」

    「JNCAPで最高評価を獲得した」

    この二つは、まったく違う。「満点を目指して勉強した」と「試験で満点を取った」が同じではないのと同じだ。

    高強度鋼を使った。超高張力鋼を使った。衝撃吸収空間を確保した。CTBを採用した。6つのエアバッグを付けた。それらから分かるのは「衝突安全性能を高めるために何をしたか」までだ。

    では実際に衝突したとき、キャビンはどこまで維持されるのか❓️頭部や胸部の傷害値はどこまで抑えられるのか❓️側面から衝突されたとき、大きな開口部を持つスライドドア周辺はどう変形するのか❓️

    それを確かめるために衝突安全試験がある。

    軽自動車は、ただ小さい普通車ではない

    そしてRACCOの場合、この確認は非常に重要だ。日本の軽自動車には、全長3,400mm以下、全幅1,480mm以下という極めて厳しい寸法制約がある。その小さな箱の中に人を乗せ、荷物を積み、現在のスーパーハイト系なら広大な室内空間とスライドドアまで成立させながら、衝突時には適切に車体を潰してエネルギーを吸収し、乗員の生存空間を残さなければならない。

    単純に硬い鉄を使えば解決する話ではない。硬すぎても衝突エネルギーを乗員側へ伝えてしまう。柔らかすぎれば生存空間を守れない。どこを潰し、どこを残し、どこへ力を逃がすのか。

    日本メーカーは、この特殊な軽自動車規格の中で何十年も車体を壊し、事故を分析し、改良を積み重ねてきた。軽自動車は普通乗用車を小さくしただけのカテゴリーではない。日本独自の制約条件の中で、衝突安全性能そのものを育ててきたカテゴリーでもある。

    そこへBYDが初めて挑戦する。

    BYDには普通乗用車での実績がある。海外NCAPで実際にぶつけ、5つ星を獲得してきた。しかし、その試験を受けたクルマはRACCOではない。

    RACCOは日本の軽自動車規格に合わせて新たに設計された車体だ。スーパーハイト、スライドドア、床下にはEV用バッテリー、そして全幅は約1.48m。これまで普通乗用車で高い衝突安全性能を実現してきたBYDが、この極端な制約条件の中でも同じような結果を出せるのか。

    非常に興味深い。

    実際にJNCAPで試験すれば、5つ星を獲得する可能性は十分にあると思う。

    だが、まだ取っていない。

    なぜ日本の自動車メディアは先に答えを出せるのか❓️

    ここで気になるのが、一部の日本の自動車メディアだ。

    RACCOについて、高強度鋼をこれだけ使っている。衝撃吸収空間をこれだけ確保した。CTBを採用した。BYDは海外NCAPでも高い評価を得ている。JNCAP最高評価を目標に開発した。

    そうした説明を並べた先に「安全性が高い」という評価が出てくる。

    ちょっと待ってほしい。

    その「だから」を確認するために、衝突試験があるのではないか❓️

    BYDが「これだけ安全性能を考えて設計した」と説明することと、その設計によって実際に高い衝突安全性能を実現したことは別だ。

    しかも興味深いことに、BYD自身はその二つを区別している。「JNCAPで最高評価を獲得した」とは言っていない。最高レベルの評価を獲得できる軽EVを「目標として開発した」としている。

    当然だ。まだ試験結果が出ていないからだ。

    メーカー自身が「目標」と「結果」を分けている。

    ではなぜ、それを伝える側の自動車メディアが、その間にあるはずの衝突試験を飛び越えてしまうのか❓️

    「JNCAPの結果を待ちたい」と、なぜ書けないのか❓

    メーカーが高強度鋼を使ったなら、その事実を書けばいい。衝撃吸収構造を工夫したなら、その構造を解説すればいい。海外で5つ星を取った実績があるなら、それも重要な情報だ。

    そして最後に「RACCOそのものの衝突安全性能については、JNCAPの結果を待ちたい」と書けばいい。

    なぜこれが書けないのか❓

    メーカーが発表した設計内容と、実際に確認された性能を切り分けることこそ、自動車メディアの仕事ではないのか。

    「BYDは高い衝突安全性能を目指してRACCOを設計した」

    確認できる。

    「BYDは海外NCAPで高い実績を残している」

    確認できる。

    「RACCOはJNCAP最高評価を目標として開発された」

    確認できる。

    では「RACCOの衝突安全性能は高い」は❓️

    まだ分からない。

    それだけの話だ。

    おそらく5つ星だろう。それでも、「まだ」5つ星ではない

    おそらく5つ星だろう。それでも、5つ星を取るまでは5つ星ではない。期待値と実測値は違う。設計目標と試験結果は違う。過去の実績と、新しく作ったクルマの成績も違う。

    そして衝突安全性能は、試乗しても分からない。

    アクセルを踏めば加速は分かる。ステアリングを切ればハンドリングは分かる。段差を越えれば乗り心地は分かる。室内の広さも、静粛性も、視界も試乗すれば評価できる。

    だが衝突安全性能だけは違う。

    ぶつけるしかない。

    その性能についてだけ、なぜ実際にぶつけた結果が出る前から評価できるのか❓️

    RACCOがJNCAPで本当に5つ星を獲得したなら、そのときは大いに評価すればいい。軽自動車初挑戦で最高評価を取ったなら、それこそBYDの衝突安全設計能力を示す非常に価値のある実績になる。

    しかし、まだ答案は返ってきていない。

    「満点を取れるように勉強した」と本人が言っているから、採点する前に100点を付ける。

    そんな試験はない。

    目標は結果ではない。設計思想は実測値ではない。そして、まだ採点されていない答案に、メディアが先に満点を付けてはいけない。

    参照元:/Euro NCAP①/Euro NCAP②/独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)

  • そのうち『新車🚐️✨』ほど値打ちが無くなる❓~市場が答えを出す力学

    そのうち『新車🚐️✨』ほど値打ちが無くなる❓~市場が答えを出す力学

    おはこんばんにちは❗️力学観測研究所のRYOです❗️

    「最近のクルマは高くなった😱」

    安全装備が増え、半導体だらけになり、原材料も高騰し、円安もある。昔のクルマより高くなる理由はいくらでもあります。

    ところが中古車市場まで見ると、話がおかしくなる。新車より中古車の方が高い。20年、30年前のクルマが最新型より高い。本来なら年式が古くなり、走行距離が伸びるほど価値が落ちるはずの工業製品なのに、なぜ価格が逆走するのか。

    どうやら現在の自動車市場では、「価格」という一つの数字の中で、まったく違う複数の力学が動いている。

    まず工場出荷の新車を基準値にする

    話を単純化するため、メーカーから出荷される新車価格を基準値とする。

    新車価格には車そのものだけでなく、安全規制/排ガス規制/衝突安全/電子制御/半導体/原材料/開発費/為替/物流費などが織り込まれる。

    つまり、

    新車価格 = 工業製品としての価値 + 現代で新車として売るためのコスト

    となる。

    しかも後半には不可逆的なものが多い。「高いからエアバッグを外す」「高いから衝突安全基準を1990年代へ戻す」とはいかない。メーカーが企業努力をしても、過去の規制環境には戻れない。

    普通の中古車は普通に古くなる

    一般的な中古車なら比較的単純だ。

    中古車価格 = 年式 × 走行距離 × 車両状態 × 市場需給

    人気、不人気、決算期、モデルチェンジ、燃料価格などでも動くが、基本は減価。古くなり、距離が伸びれば安くなる。工業製品としては正常な値動きだ。

    人気車では「待たなくていい」に値段が付く

    ところが現役人気車の中古車や新古車では別の力が働く。

    アルファードやランドクルーザーなどでは、中古車価格が新車価格を上回る現象すら起こった。これは中古になったから価値が増えたというより、「今すぐ乗れる」という時間そのものに値段が付いたと考えた方が分かりやすい。

    中古車価格 = 新車相当価値 + 即納価値 + 供給制約プレミアム

    新車を注文すればメーカー希望価格で買える。しかし納車まで長期間待つ。ならば高くても目の前にある車を買う。ここでは中古車が「時間を買う商品」に変わる。

    供給が正常化すれば、このプレミアムは基本的に剥がれる。

    ネオクラだけ価格関数がおかしくなる

    さらに古くなると、もっと妙なことが起きる。

    普通なら、

    年式↑ → 価値↓

    のはずが、一部のネオクラシックカーでは、

    年式↑ → 現存数↓ → 希少性↑ → 価値↑

    へ途中から符号が反転する。

    仮に、普通の中古車としてなら50万円程度の残存価値しかない車が、市場で1000万円になっているとする。

    1000万円 = 50万円 + 950万円

    では、後から乗った950万円は何なのか。

    車種そのもののネームバリュー/希少性/映画やゲーム、モータースポーツによる物語/青春時代の記憶/海外需要/ロマン。

    そして、もう一つある。

    昔の規制枠だからこそ成立した車」であることだ

    昔の規制そのものが商品価値になる

    昔の車は、現代車より安全性能も環境性能も低い。それ自体は明確な弱点だ。

    ところが趣味の道具として見ると、その裏側には軽い車体/細いピラー/小さなボディ/電子介入の少なさ/独特のエンジン特性/現在とは異なる操作感などがある。

    昔は規制が緩かった。

    本来なら過去の話で終わるはずの制度環境が、後から商品価値へ変換される。

    ネオクラ価格 = 残存実用価値 + 車種固有価値 + 希少価値 + 物語価値 + 旧規制枠価値 + 再生産不能価値 + ロマン

    もう年式と距離だけ見て値段を説明するのは無理だ。

    ネオクラは規制によって「曜変天目🍵化」する

    骨董品には、古いから価値があるものだけでなく、当時と同じものを現在では容易に再現できないから価値を持つものもある。

    曜変天目もその象徴的な存在だ。

    ネオクラにも似たところがある。ただし、こちらは技術を失ったわけではない。メーカーには設計技術も製造設備もあり、部品精度なら当時以上のものを作れる。

    それでも1990年代の車を、そのまま2020年代の新車として再生産することはできない。

    安全/環境/騒音/歩行者保護など現在の規制へ適合させれば、同じ形、同じ重量、同じ音、同じフィーリングにはならない。

    技術的に再現できないのではない。

    昔の制度環境ごと再現できない。

    現在の規制が、過去の工業製品を「曜変天目🍵化」している。

    お祓いできないパラダイムゴースト

    力学観測研究所では、過去には合理性があった制度や常識が、前提条件の変わった現在まで残っている状態を「パラダイムゴースト」と呼んでいる。

    普通ならゴーストの存在に気付き、制度変更/業務改善/ルール変更などを行えば「お祓い👻」ができる。

    ネオクラでは、そのカードが効かない。

    ゴーストが組織の慣習ではなく、工業製品そのものに焼き付いているからだ。

    しかも現在の規制が厳しくなればなるほど、現代車との差が拡大し、「昔にしか存在しない特性」が目立つ。

    現在の規制強化↑ → 過去の規制環境との差↑ → 旧規制枠価値↑

    ゴーストを消せないどころか、ゴーストそのものが資産になる。

    最新型のライバルは昔の自分

    ここまで来ると、自動車メーカーにとって妙な競争が始まる。

    本来ならトヨタ対日産、ホンダ対トヨタといったメーカー間競争になるはずが、ネオクラ市場では最新型スープラ✨vs昔のスープラ🔥」のような競争まで成立する。

    最新型の方が速い。安全。快適。燃費も良い。保証まである。

    それでも古い方を選ぶ人がいる。

    しかも古い方が高いことすらある。

    性能価値 = 市場価値ではない。

    メーカーが最新技術を注ぎ込んで新車を開発している一方、競争相手の一人は自社が数十年前に作った中古車。しかもその古い競争相手が持つ「昔の規制環境」という武器だけは、現在のメーカー自身にも再現できない。

    「中古車が高い」は一種類ではない

    ここまで整理すると、自動車価格には少なくとも4種類の力学がある。

    工場出荷の新車 → 現代の工業製品としての基準価格

    現役人気車の中古車・新古車 → 「待たなくていい」という時間価値

    一般的中古車 → 年式・距離・状態を中心とした穏やかな減価

    ネオクラ → 希少性・物語・旧規制枠・再生産不能性・ロマンまで混ざるカオス市場❗️

    特に面白いのは、「新車より中古車が高い」という同じ現象でも理由が正反対になることだ。

    現役人気車は「未来まで待ちたくないから高い」。

    ネオクラは「過去へ戻れないから高い」。

    一方は時間を短縮する価値。もう一方は時間を逆行できないことへの価値だ。

    さらに新車は「総額」が見えにくくなる

    ここへ残価設定ローンが入ってくる。※いわゆる残クレのこと

    車両価格そのものではなく、「月々○万円✨」で新車へ手を出せる仕組みだ。

    安全装備、半導体、原材料、為替など、新車価格が上がる合理的な理由は確かにある。

    しかし消費者が見る数字が車両総額から毎月の支払額へ移ったとき、メーカー側の価格設定に本当に何の影響もないのか❓

    かつて携帯電話業界が高額な端末価格を月額負担へ分解したように、自動車も総額への感覚」が薄くなれば、価格上昇に対する抵抗も変化する。

    新車は高くなる。新車が高いから中古車へ流れる。人気中古車は即納価値で高くなる。さらに古くなった一部の車は、希少性と旧規制枠価値で高くなる。

    かつて当たり前だった「古くなれば安くなる」という力は、車によってはもう働かなくなっていく。

    クルマを選ぶとき、消費者は一体何にお金を払っているのでしょうか❓

    車名でしょうか❓新しさでしょうか❓時間でしょうか❓

    それとも、二度と戻らない時代そのものなのでしょうか❓

    ところで、

    曜変天目🍵は、時期によって藤田美術館でお目にかかれるかもしれませんよ❗

    曜変天目研究特別展示
    ※2026年4月1日〜6月30日の「憧れの舶来品」で曜変天目を展示していましたが、次は2027年1月6日〜3月31日の特別展示「宙~宇宙遊泳~」で再び展示予定とのこと

    ※本記事では便宜上、新車と中古車を異なる商品市場として扱っています。メーカー・正規販売店から販売される新車は通常の新品販売だが、一度使用された、または使用目的で取引された車両を仕入れて販売する中古車取引は、古物営業法上の「古物」を扱う古物商の領域となります。つまり同じクルマでも、新車市場を離れ中古車になった時点で、価格を決める力学も「メーカーが設定する新品価格」から「古物市場で形成される市場価格」へと切り替わります。

  • アンパンマンは結局暴力で解決しているのか?〜私刑の功罪

    アンパンマンは結局暴力で解決しているのか?〜私刑の功罪

    ※筆者は『アンパンマン』について表面的なことしか知りません。今回はその状態のまま観測します。

    ある日、力学観測研究所妙な相談が持ち込まれました。

    相談者は、バイキンマンさんです。

    バイキンマン「ここの記事を読んだ。ちょっと聞きたいことがある」

    RYO「どうぞ」

    バイキンマン「アンパンマンも結局、暴力で解決しているじゃないか」

    RYO「その通り」

    バイキンマン「……え?」

    アンパンマンのアンパンチは私刑なのか

    バイキンマン「俺が悪者なのは分かる。でもアンパンマンだって最後は殴るだろ」

    RYO「君が殴られる」

    バイキンマン「勝った方が秩序をつくるのか?」

    RYO「そういうことになるわな」

    バイキンマン「暴力で勝った方が正義なのか?」

    RYO「……」

    アンパンマンは警察官でも裁判官でもない。法に基づく公権力としてアンパンチしているわけでもない。形式だけを見れば、公権力による刑罰ではなく私人による実力行使です。

    もちろん、誰かへの危害を止めるための実力行使まで「暴力だから悪」と単純には言えません。とはいえ「悪い奴なら殴ってよい」を個人の判断だけに任せれば、それはそれで現実世界では許されない。

    では、アンパンマンの世界では誰が秩序を担保しているのか?

    これは考えさせられる。

    ところが、話を聞いているうちに別のところが気になる。

    ところで、なぜアンパンマンを攻撃する?

    RYO「で、アンパンマンの弱点は?」

    バイキンマン「顔が濡れると力が出なくなる」

    RYO「それなら勝てるのでは?」

    バイキンマン「新しい顔に交換すると復活する」

    RYO「誰が作る?」

    バイキンマン「ジャムおじさん」

    RYO「……君、なんでアンパンマン本人を攻撃してるの?」

    バイキンマン「?」

    筆者はアンパンマンをまともに観たことはない。しかし今の話を整理すると

    顔が濡れる/能力低下/新しい顔を供給/戦闘復帰

    という補給システムが構築されている。

    戦争では、前線だけでなく食料/燃料/弾薬/部品/輸送/整備といった兵站が戦闘能力を支えています。

    だとすれば、ジャムおじさんはパン屋のおじさんであると同時に、アンパンマン陣営の兵站中枢でもあります。

    RYO「相手は頭部を無限にチェンジできる巨大な物量だ」

    バイキンマン「……」

    RYO「叩くべしはまずジャムおじさん。敵のロジスティクス、つまり兵站を潰すことが戦争の基本だ」

    バイキンマン「でも、それをやると最終回になるやん」

    RYO「……」

    バイキンマン「?」

    RYO「今、重要なこと言ったね」

    バイキンマンは勝ってはいけない

    アンパンマンを完全に倒せば、バイキンマンの勝利です。

    しかしアンパンマンがいなくなれば、「アンパンマンと戦うバイキンマン」も存在理由を失います。

    逆も同じです。バイキンマンがいるからアンパンマンはヒーローとして活躍できる。

    二人は敵でありながら、互いの存在を必要としていることになります。

    さらに外側には視聴者がいます。

    対立する/物語になる/人が見る/人気が生まれる/関連する経済が動く

    つまり、対立そのものがお金を生む。

    これは「アンパンマン・エコシステム」と言えよう。

    RYO「そうやね・・・」

    バイキンマン「何が?」

    RYO「君はアンパンマンに勝てないんじゃない」

    バイキンマン「じゃあ何なんだよ」

    RYO「勝ってはいけないシステムの中にいる」

    バイキンマン「……」

    RYO「完全勝利したら物語が終わる。君の仕事もなくなる」

    バイキンマン「俺、負けることが仕事だったのか?」

    RYO「勝たない程度に戦い続けることだ」

    バイキンマン「そういうエコシステムに組み込まれているのか?」

    RYO「対立の背景には、それが続くことで懐が暖かくなる者がいる。これが大人の世界だ」

    バイキンマン「子供向けアニメだぞ」

    観測結果

    最初の相談は「なぜアンパンマンの暴力は正義なのか」でした。

    ところが話を聞いていたら、ジャムおじさんという兵站が出てきて、そこから敵同士の存在依存、さらに対立そのものを商品化する経済システムまで出てきました。

    相談者が「ここが問題だ」と思っている場所に、本当の問題があるとは限りません。

    今回の提案は――

    RYO「現状維持」

    バイキンマン「結局、今まで通りじゃねーか!」

    RYO「でも君が失業することになるんやで」

    バイキンマン「……」

    RYO「観測終了

    ※筆者はアンパンマンについてほとんど知りません。

  • 値上げせずに耐えている企業はなぜ耐えられるのか?

    値上げせずに耐えている企業はなぜ耐えられるのか?

    引用元:日本経済新聞

    円安加速、一時164円に迫る 中東緊迫でブレント原油100ドル超え

    インフレへの警戒から米国の早期利上げ観測が高まり、1ドル=163円台後半まで円安・ドル高が進んだ。中東情勢の緊迫で原油価格が高騰し、国際指標の北海ブレント先物の期近物は一時1バレル102ドルをつけた。

    おはこんばにちは。力学観測研究所のRYOです。
    1ドル163円台、原油は1バレル100ドル超※2026年7月24日現在

    輸入企業や小売店にとっては、仕入れ値だけでなく、輸送費、包装資材、電気代、倉庫代まで一斉に上がる局面です。

    それでもスーパーやコンビニに行けば、商品はいつも通り棚に並び、昨日まで200円だったものが翌朝いきなり300円になるわけでもありません。

    もちろん、値上げや内容量の削減に「これは少し狡くないか」と思う商品もあります。セブン-イレブンのように、消費者から疑いの目を向けられがちな企業もあるでしょう。※ステルス値上げってやつね・・

    ただ、それを差し引いても、現在の輸入企業や小売店はかなり頑張っています。

    為替予約で急激な変動を抑え、仕入先と交渉し、物流を効率化し、PB商品を組み替え、ときには自社の利益を削って価格上昇を遅らせている。

    消費者の目には、値上げした瞬間だけが見えます。

    しかし、その値上げに至るまで半年、あるいは一年耐えていた時間は見えません。

    「また値上げか」ともやっとなる前に、この円安と原油高の中で毎日商品を輸入し、運び、店頭に並べ続けている企業にも目を向けたい。

    日本の生活は政府や日本銀行だけで守られているのではなく、為替と資源価格の波を最前線で受け止めている、無数の輸入企業、物流会社、小売店によっても支えられています。つまり、企業こそ最前線に立っている!

    今は、値上げを批判するだけでなく、

    「この状況で、よくここまで耐えてくれている」

    応援してもよい局面ではないでしょうか?

    上げ底、ラベルによる商品ボリューム偽装、内容量を減らして値段は据え置き、酷い場合は新製品!といいつつほぼ同じ商品が名前を変えつつ2割くらい値上がりしているだけ・・やりたい放題・いい気分♪な小売業界もあるかもしれないね!

  • カロリーメイト値上げ❗「な、なにー⁉️」……と思ったけれど

    カロリーメイト値上げ❗「な、なにー⁉️」……と思ったけれど

    引用元:日本経済新聞
    大塚製薬「カロリーメイト」など3年ぶり値上げ 11月から

    大塚製薬は、カロリーメイトやソイジョイなど31製品を2026年11月から値上げする。カロリーメイトのブロック4本入りは、税抜220円から250円へ。

    おはこんばんにちは、力学観測研究所のRYOです。

    大塚製薬が、カロリーメイトやソイジョイなどを2026年11月から値上げするそうです。

    カロリーメイトのブロック4本入りは、税抜220円から250円へ。

    「な、なにー⁉️」

    と、一瞬思わない?でも、最近いつカロリーメイトを食べただろうか?・・

    いや~全く思い出せない!

    有名であることと、必要であることは違う

    カロリーメイトは、誰もが知っている商品です。

    しかし、知名度の高さと生活必需性は必ずしも一致しません。

    値上げのニュースになると、その商品を普段買っていない人まで反応します。

    長年存在している有名商品が値上げすると、社会全体の物価がまた一段上がったように感じるからでしょうね。

    ところが、自分の消費行動を振り返ると、実際の家計への影響はほとんどない。

    今回のニュースで私が失ったものは、カロリーメイトを安く買う機会ではなく、

    「自分はカロリーメイトを必要としている」という、ぼんやりとした思い込み(通常思考のファントム力学)です。

    有名商品と愛用品は、似ているようでまったく違う。

    日常生活から消えてもさほど困らない微妙な立ち位置、

    それがカロリーメイトだ!