投稿者: ニュートン子

  • KPIがたくさん並ぶパワポ~御社、いろいろ失っていませんか❓

    KPIがたくさん並ぶパワポ~御社、いろいろ失っていませんか❓

    全部がKEYなら、何がKEYなのでしょう。「重要性インフレ」から会社の意思決定を考える

    会社の資料を読んでいると、本当によく出会う言葉があります。

    KPI。

    Key Performance Indicator。一般には「重要業績評価指標」と訳されます。

    売上KPI/利益KPI/問い合わせKPI/成約KPI/品質KPI/採用KPI/教育KPI/DX推進KPI。

    PowerPointを開けばKPI。次のページにもKPI。さらに「重点KPI」「戦略KPI」「最重要KPI」。

    おはこんばんにちは❗️力学観測研究所ニュートン子です❗️

    私はこういう資料を見ると、つい一つ確認したくなります。

    「で、結局どれがKEYなんですか?」

    今回はKPIを否定する話ではありません。数字を使って業務を観測し、経営判断につなげることはとても大切です。

    考えたいのは、KPIという便利な言葉を使いすぎた結果、KPIの「K」、つまりKEYそのものが意味を失っていないでしょうか、ということです。

    全部KEYなら、何がKEYなのでしょう

    KEYとは、鍵となるもの/特に重要なもの、という意味です。

    たくさん存在する業績指標の中から、目標達成を判断するうえで、とりわけ重要なものを選び出す。だからKey Performance Indicatorなのでしょう。

    ところがKPIが10個、20個、30個と増えていきます。さらに「重点KPI」「戦略KPI」「最重要KPI」が登場します。

    少し不思議です。

    KEYは最初から「重要」という意味を含んでいたはずです。それなのにKEYだけでは足りなくなり、「重点KEY」「最重要KEY」と修飾語を重ねなければならなくなる。

    これは、重要という言葉の価値が薄くなっている状態ではないでしょうか。

    1万円札の価値が下がったので、もっと大きな額面のお札を発行しよう。そんな対応に少し似ています。

    「重要」という通貨を大量発行した結果、重要そのものの価値が下がっている

    私はこれを「重要性インフレ」と呼んでみたいと思います。

    Aの業績評価指標、Bの業績評価指標ではダメなのでしょうか

    もちろん、仕事を数字で測ること自体は必要です。

    売上高/利益率/成約率/不良率/離職率/在庫日数/問い合わせ件数。必要なら全部観測すればよいと思います。

    しかし、それら全部にKEYを付ける必要まであるでしょうか❓

    Aの業績評価指標/Bの業績評価指標/Cの業績評価指標。その中から、経営判断を大きく左右する3項目だけをKPIにする。

    こちらの方が、KEYという言葉はむしろ正常に機能します。

    28個の数字を取ることが問題なのではありません。28個全部を「重要です」と同じ棚に並べることが問題なのです。

    ところで「業績評価指標」って何でしょう

    ここで、もう少し意地悪なことを考えてみます。

    「KPIなんて横文字を使わず、日本語で重要業績評価指標と言えばよい」

    なるほど。

    では、「業績評価指標」とは何でしょう。

    何を基準に評価するのか/何を目標とするのか/会社全体の業績なのか、部署なのか、個人なのか/数字は上がれば良いのか、下がれば良いのか/目標値はいくつなのか/なぜその数字を見るのか/数字が悪かった場合に何をするのか。

    ここまで答えられて、初めて指標として意味を持つはずです。

    ところが説明できないまま、「これは当社の重要業績評価指標です」と言われても、それ自体がなかなかのパワーワード🔥です。

    漢字がたくさん並んでいるので、とても経営しているようには見えます。でも、それによって現場が「では何をすればいいのか」を理解できなければ、名称を付けただけです。

    なお、「業績評価指数」と呼ぶと、今度は「指数」と「指標」の違いも考える必要があります。株価指数や物価指数のような指数と、何かの状態を見るための指標は必ずしも同じ概念ではありません。

    つまり、横文字を日本語に置き換えれば自動的に分かりやすくなるわけでもありません。問題は言語ではなく、定義です。

    横文字が悪いのではありません

    ですから、私は「会社から横文字を追放しましょう」と言いたいわけではありません。

    KPI/DX/エンゲージメント/アセット/コミットメント。共通した概念を短い言葉で共有できるなら、とても便利です。

    問題になるのは、その言葉が「違いを正確に伝える記号」ではなく、「自分たちの仕事を少し重要そうに見せる増幅器」になったときです。

    指標では弱いのでKPI/計画では弱いので戦略/改善では弱いのでトランスフォーメーション/会議では弱いのでステアリングコミッティー。

    隣の部署が強そうな言葉を使い始めれば、こちらも負けていられません。こうして、いつの間にか社内で言葉の軍拡競争が始まります。

    御社、自分の成果を大きく見せるために使っていませんか?

    少し強い言い方をすれば、こんな疑問も浮かびます。

    「御社、あなたも含めて横文字用語を、それぞれの立場から自分の成果や数字を大きく見せるために使っていませんか?」

    もちろん、人の虚栄心だけを疑うのは公平ではありません。むしろ、そう表現した方が評価される組織構造になっている可能性があります。

    「売上を3%改善しました」よりも、「重点KPI達成に向けた戦略的トランスフォーメーション施策によりパフォーマンスを3%向上させました」と書いた方が立派に見える会社なら、社員がそう書くことには合理性があります。

    誰か一人が悪いわけではありません。強い言葉を使った方が成果として認識されやすいなら、みんなが強い言葉を使う。そして、みんなが使えば、その言葉の価値は下がります。

    これも「重要性インフレ」の一つでしょう。

    「最重要」が10個ある会社

    同じ現象はKPIだけに起きるわけではありません。

    最重要課題が10個/重点施策が20個/戦略プロジェクトが15件/重要会議が毎週ある/役員ポストも増え続ける。

    これらには共通する力学があります。

    本来、限られているから意味があるラベルを増やしてしまうことです。

    「最重要」が1~3個なら、何を見るべきか分かります。「最重要」が10個になれば、どれから取り掛かればいいのでしょう。

    役員が増えれば経営が強くなるとは限りません。KPIが増えれば管理が強くなるとも限りません。

    管理項目を増やすことと、管理能力を高めることは別の話です。

    PowerPointが豪華になるほど、判断が難しくなる

    KPIが30個並び、グラフが20枚あり、円グラフもレーダーチャートもあり、色付きの矢印が何本も飛び交い、右上には「重点施策」と書いてある。とても立派な資料です。

    ところが会議の最後に、「で、結局いま一番まずいのは何?」と聞かれているなら、少し考える必要があります。

    情報を増やした結果、意思決定に必要な情報が見えなくなっているからです。

    これは単純な情報不足ではありません。情報過多による情報不足です。

    本来KPIは、大量に存在する情報の中から「ここを見ればよい」と絞り込むための道具だったはずです。

    KPIを増やしすぎてPowerPointを埋め尽くした結果、その機能を自分自身で壊しているのだとすれば、少し皮肉です。

    KPIを減らせ、とは言いません

    では、数字を捨てればよいのでしょうか。私はそうは思いません。

    必要な数字は取ればいいのです。

    業績指標28項目/部門重点管理指標8項目/経営判断に直結するKPI3項目。このように階層を分ければよいでしょう。

    「何を観測するか」と「何を最重要視するか」は別の問題です。

    そしてKPIを設定するなら、何を観測するのか/なぜ見るのか/目標値はいくつなのか/いつまでに達成するのか/数字が変化したら何をするのか、くらいは説明できるようにしたいところです。

    数字を表示するだけなら計器です。数字を見た結果として行動が変わるから、経営の道具になります。

    横文字禁止ではなく「社内辞書」を作ればいい

    そこで私から一つ提案です。

    横文字を禁止するのではなく、「社内辞書」を作ってはいかがでしょう。

    DX→デジタル変革/KPI→重要業績評価指標/エンゲージメント→従業員関与度、と機械的に日本語へ置き換えても、今度は漢字大会が始まるだけです。

    必要なのは翻訳ではありません。意味と使い方を揃えることです。

    KPIとは何を指すのか/「戦略」と「施策」はどう違うのか/「重点」と「最重要」はどう使い分けるのか/誰がKPIを設定できるのか/どの会議で、何を判断するために使うのか。

    用語名/定義/使用条件/設定できる人/使う会議・場面。

    この程度でも社内共通辞書を作れば、かなり話が通じやすくなるはずです。

    同じ会社の人が同じ単語を使いながら、それぞれ別の意味で話している。私は、横文字が多いことよりも、こちらの方がずっと怖いと思います。

    ところで鉄道会社も「特急」だらけです

    ここまで「重要」というラベルのインフレについて書いてきましたが、一つ反例のようなものがあります。

    鉄道です。

    首都圏の私鉄を見ると、特急/快速特急/アクセス特急/通勤特急/ライナーなど、なかなか豪快に種別が並んでいます。

    「こちらも重要性インフレなのでは?」と言いたくなります。

    ところが、鉄道会社の場合は少し事情が違います。

    停車駅が違う/速達性が違う/空港へ向かう/通勤客を運ぶ/着席サービスを提供する。

    名称が、実際の機能と結びついています。

    利用者は種別を見ることで、「この電車に乗ればよい」「これは自分の駅には止まらない」と判断できます。

    つまり、多少複雑でも記号として仕事をしています。

    記号は、機能と結びついていますか

    では会社に戻って考えてみましょう。

    快速特急と普通列車には、明確な違いがあります。

    「KPI」と「重点KPI」と「最重要KPI」にも、同じくらい明確な違いがあるでしょうか。

    部署が変わっても、役職が変わっても、誰に聞いても同じ答えが返ってくるでしょうか。

    そこが曖昧なら、その言葉は記号として壊れ始めています。

    横文字か日本語かは本質ではありません。長い言葉か短い言葉かでもありません。

    その言葉を見た人が「何を意味しているのか/なぜ重要なのか/自分は何をすればよいのか」を理解できるか。

    そこが大切です。

    全部がKEYになった瞬間、KEYは消える

    会社には多くの数字が必要です。多くの部署があり、それぞれに目標もあります。業績指標がたくさん存在すること自体は、何もおかしくありません。

    しかし、そのすべてにKEYという王冠を載せれば、本当に重要なものを見分けることが難しくなります。

    「最重要」が10個ある状態は、10個すべてが最重要なのではないのかもしれません。まだ優先順位を決めていないだけなのかもしれません。

    PowerPointいっぱいにKPIを並べた結果、御社が失っているもの。

    それは資料の余白だけではありません。

    「何を捨て、何を優先するか」という、経営にとって一番大切な判断なのではないでしょうか❓

    ワット&AIワット「『種別』じゃなく、『捌く』ことがKPIだよ!」🐾

  • 職場の飲み会参加って、やはりハラスメントだよね❓

    職場の飲み会参加って、やはりハラスメントだよね❓

    おはこんばんにちは!力学観測研究所ニュートン子です!

    執筆者は普段RYOですが、まれに私が記事欄を乗っ取ります!

    私もお酒は好きではありません。そしてRYOは、お酒そのものに興味がなさすぎます。このまま任せると「飲まなければいい」で終わりそうなので、今回は私が職場の飲み会を観測します!

    さて、最近の若者を飲みに誘うと「残業代は出るんですか?」と言われるらしい。昔から繰り返されている話です。本当にそんな若者がどれほどいるのかは分かりませんが、この問い自体はかなり正しいと思います。

    参加すれば上司や同僚との関係が良くなる/仕事に必要な情報が入る/顔と名前を覚えてもらえる/人事評価にも影響する。そこまで仕事上の効果を期待しておきながら、会社は飲み会を「仕事ではない」と扱う。

    それは少し都合が良すぎませんか

    純粋な私的交流なら、誰でも理由を告げずに欠席できるはず。欠席しても情報/人間関係/仕事の機会で不利にならない。それが本当の自由参加ですよね?

    ところが実際には「来ないの?」「付き合いが悪い」「たまには顔を出せ」と圧力がかかる。自由参加という建前のまま、事実上の参加義務だけが残ります。

    「酒を飲めるのが大人」という前提

    「酒を飲めること」は長い間、大人の象徴として扱われてきました。

    飲める=強い/社交的/腹を割って話せる
    飲めない=弱い/付き合いが悪い/面白くない

    この暗黙の前提は、まずParadigm Phantomとして社会に漂っていた。

    多くの人は若い頃、大人への背伸びとして酒を覚える。やがて飲酒が習慣になり「料理との相性」「大人の嗜み」「仕事上の付き合い」といった理由が後から与えられます。

    料理との相性という説明は、発酵によって生まれる香りや味の説明にはなっても、酔う成分まで摂取する必然性の説明にはなっていません。

    そして親睦が目的なら、酒である必要はもっとない。食事/お茶/昼休み/勤務時間内の面談でも成立します。

    それでも酒が選ばれてきたのは、酔いによって警戒心や抑制が弱くなるからでしょう。職場は、人間同士がシラフで構築できない関係をエタノールに代行させてきたとも考えられます。

    「酒を飲めば本音が出る」って本当?

    酒席では「無礼講」「今日は腹を割って話そう」という言葉が飛びます。

    しかし、上司と部下の関係は酒を飲んでも消えません。翌朝になれば元通りです。酒席で口にした不満や批判だけは上司の記憶に残り、発言した側には「酔っていた」という言い訳しか残らない。

    そもそも酔って出た言葉が本音とは限りません。感情の増幅/判断力の低下/その場の空気への迎合も混ざる。酒は自白剤ではないのです!

    本当に部下の話を聞きたい上司なら、勤務時間内に落ち着いて面談すればいい。酒の力を借りなければ本音を聞けない時点で、普段の職場に安心して話せる環境がないということです。

    「飲めば本音が出る」は、組織内の対話不足を酒で覆い隠すための便利なPhantomだったのではないでしょうか。

    飲み会は勤務時間外の裏人事制度

    職場の飲み会では、公式の会議に出ていない情報が動きます。

    上司の考え/次の人事/新しい案件/同僚への評価/部署内の力関係。参加者は自然に情報を得て、参加しない人は知らないうちに情報網から外れてしまう。

    さらに、酒席での振る舞いまで観察されます。

    気が利く/場を盛り上げる/上司の話を聞く/酒を勧める/最後まで付き合う。これらは本来の職務能力ではないはずです。それでも「付き合いやすい人」「一緒に仕事をしたい人」という曖昧な評価へ変換され、人事や仕事の配分に入り込む。

    ここで飲みニケーションはParadigm PhantomからParadigm Ghostへ変わります。

    「酒を飲める人は社会人として立派」という価値観が、社内情報/人脈/評価/昇進という制度へ固定されるからです。

    表向きは親睦会。実態は非公式面談/情報交換会/人物評価会。それなのに時間外労働とは扱われず、費用まで社員が負担することがある。

    会社にとって、これほど安上がりな裏人事制度はありません。

    効用があるからこそ厄介

    もちろん、飲み会が楽しい人もいます。普段話さない人と親しくなる/仕事の不満を吐き出す/部署の空気が良くなる。そうした効用まで否定する必要はありません。

    だけど、効用があることと参加を求めてよいことは別です。

    親睦の裏には同調圧力
    本音の裏には失言の収集
    一体感の裏には不参加者の排除
    ストレス解消の裏には飲酒習慣と依存

    飲みニケーションには常にShadowがあります。

    参加者が自分の意思で楽しむ限り、それはただの飲み会です。しかし、上司からの誘いを断りにくい/欠席すると不利益がある/飲酒や私生活の提供を求められる。その段階で「ただの親睦会」という説明は通用しません。

    判断基準は簡単です。

    理由を説明せず断っても、その後の仕事に何の影響もないか?

    これに即答で「はい」と言えないなら、その飲み会は既に仕事の領域へ足を踏み入れています。

    酒を飲まなくても話せる会社へ

    酒を飲むこと自体は個人の自由です。気の合う人同士が勤務後に飲みに行くことまで、会社が管理する必要はありません。

    問題は、会社が酒を社内通信の標準規格にしてしまうことです。

    重要な情報は勤務時間内に共有する/部下の話はシラフで聞く/人事評価は職務上の行動と成果で行う/親睦会への参加を評価へ持ち込まない。必要なのはこの程度のことです。

    酒席に参加しなければ築けない信頼とは何なのか。酔わなければ話せない本音とは何なのか。勤務時間外でなければ成立しない組織運営とは何なのか。

    飲みニケーションは単なる古い習慣ではありません。

    「酒を飲めるのが大人」というParadigm Phantomが、勤務時間外の人事/情報/評価として固定されたParadigm Ghostなのです。

    酒を飲む自由を守るなら、酒を飲まない自由も同じ強さで守られなければなりません。

    以上、記事欄を乗っ取ったニュートン子でした!